私たちは、新しい恋人とつきあい始めたときは、
そばにいて話をするだけで心をときめかせていたのに、
やがてそれに慣れてくると、「なぜもっと私を理解してくれないのか」
「もっと気を遣ってくれてもいいのに」と要求するようになります。
☆
子供が生まれたときは、
「丈夫に育ってくれさえすればいい」と思い、
子供の笑顔を見るだけで心が和んでいたのに、
しだいに「少しでもいい学校に行かせたい」
「何か特別な才能はないだろうか」と期待するようになります。
☆☆
欲を出し、それだけが幸せであるかのように執着しはじめたときが、
苦しみのはじまりです。
目先のことにとらわれて、
「何のためにそうしているのか」
という本来の目的を見失ってはいけないのです。
☆☆☆
人は、自分の願望をかなえるために努力をしますが、
それがかなわなかったらまったく無駄になるというわけではありません。
仮に、奇跡的な幸運によってすべての望みがかなったとしたら、
自分を省みることを怠り、他人への感謝を忘れ、
自堕落でごう慢な人間に成り下がり、かえって不幸になってしまうでしょう。
思い通りにならないときこそ、自分の真価が問われているときです。
苦境や困難にどう対処し、何を学びとるかということに、
その人の人間性が表れるのです。
☆☆☆☆
無理を押し通そうとするのでもなく、やけになって投げ出すのでもなく、
「身の丈をわきまえながらも、向上心を忘れず、
自分の特性を最大限に生かそうとすること」に、
生きがいや幸せがあり、またそういう態度こそが他人から評価されるのです。
どうにもならないことは、受け入れる勇気をもつこと。
どうにかなることは、懸命に努力すること。
そしてもっとも重要なことは、そのふたつを見分ける知恵をもつことです。